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2002年、私が久しぶりに「おー、これはすごい!!いいぞ!この酒は!!」とうれしくなったのがこの雁木でした。雁木は以前から雑誌で名前だけは知っていましたが、飲む機会がありませんでした。お酒が大好きな私は、日頃から飲んでみたいお酒はいろいろあって、酒売り場で見付けては買ってみたり、どうしても飲みたいものは皆さん同様ネットで探してみたりしています。話題になるお酒は、だいたいどれもおいしいのですが、これはうちでも売りたいなあとまで思うお酒は少なくて、またすごくおいしいけれど他のお酒と似ているなあというのも多いです。これは!!と思うお酒は、すでにお酒が足りなくて取引できなかったり、蔵元さんとお付き合いできるのは本当にご縁があるかないか、まさにマリッジというところでしょうか。 そんなところに私との相性ピッタリ!と現れたのがこの雁木でした。酒蔵の主張がお酒を通してビンビン感じる!私の心をゆさぶってくれたお酒です。きっと皆さんにも感動を与えてくれることと自信をもってご紹介します!!
「八百新酒造ホームページより」
今津という地は、その名が示す通り、水上交通の拠点として発展した町でした。城下町として栄えた現在の西岩国地区と並んで、錦川が二股に分かれて瀬戸内海へと流れ込む一方の河口であり、創業以来八百新酒造の蔵が位置するこの今津川口もまた、岩國藩にゆかりの深い土地である事実を忘れるわけにはいきません。
今津川の『雁木』と呼ばれた船着場のあった河畔には、藩主をはじめとする岩國藩の要人の宿泊施設である『御茶屋』、藩の物資倉庫として主に米・紙を貯蔵した『御蔵』、等が建ち並び、このため今津は藩の物流基地として、そしてまた商いの町として大いなる繁栄を見ることになったのです。
維新以降その役割を終えた『御蔵』を新三郎は醤油蔵および酒蔵として蘇らせました。明治の中期に建てられた酒蔵は、一世紀を超えて発酵を司ってきた酵母ばかりでなく歴代の杜氏・蔵人の酒造りに懸ける熱い想いをも染み込ませた梁や土壁を当時のままに残し、今も現役の蔵としてその歴史を積み重ねています。
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